エロスとプシュケ
息子(エロス)は母(アフロディテ)に言った。
「どうして母上はあの娘(プシュケ)」にこうもつらく当たるのです。
この呪いをかけている間は私は愛の仕事はできないではないですか。
誰も私の矢で射ることができない。
誰も母上をたたえる歌をうたうえないでしょう。
その賛歌がなければ、母上はひからびて、邪悪な魔女になってしまいますよ。
ではお暇をいただきます。」
そして、事実、エロスは矢を射なくなった。
人々は恋をしなくなった。
アフロディテを讃える者はなく、神殿はうつろになり、祭壇もむなしくなった。
結婚する者もなく、赤子も生まれない。
世界は一日のうちに、年老い、退屈になった。
愛がないと、仕事も死滅する。
農夫は畑を耕さず、舟はあてもなく海にうかび、漁師はほとんど網を打たなかった。
また、とる魚もろくにいなかった。
魚は海底深く沈んでむっつりしていたからである。
当のアフロディテ、愛と美の女神自身、砂漠の熱風のように地上からやってきた焼けるような絶望のうちに、無意味な時間を過ごしていた。
女神は息子を呼んで言った。
「お前の自由にやってもらうより仕方がないことがわかった。お前の望みは?」
「あの娘です」
「よろしいあの子をやろう。さあ、矢をといで、仕事にかかるように。さもないと、みんな憂鬱で気が狂ってしまうから」
B.エブリンス著、三浦朱門訳「ギリシャ神話 神々と英雄たち」より